明治33年、岡山県生まれの遠藤仁郎は昭和18年、第二次世界大戦のとき大阪女子医学専門学校の教授をしていました。家は京都の伏見桃山にあり、妻と2人の子供の4人家族で暮らしていました。

何しろ戦時中であり食糧難の時代です。遠藤の教授としての月給だけでは一家4人が腹いっぱい食事が出来るはずがありません。遠藤は何とかお金をかけずに家族にお腹いっぱいの思いをさせることは出来ないものかと考え続けていました。

そして昭和18年の10月のある日、トイレに入っていた遠藤に突然あるアイディアがひらめきます。

「そうだ!緑の葉だ。お金をかけなくても、野菜や野草の葉がいくらでもあるじゃないか!」

遠藤は動物たちが緑の葉を食べて元気よく生きているのを思い出し、人間だってきっと食べられるはずだと思いついたのです。当時遠藤一家が住んでいた京都の伏見桃山は辺り一面が大根畑に囲まれていました。

しかし、戦時中のことですから、作った大根はほとんどを国に差し出さねばなりませんでした。残ったわずかな大根を遠藤たち国民に配給で配っていたのです。当然ながらお腹を十分満たす量が配給されるはずがありません。

しかし、大根の葉は食用としては使われず、そのまま切り取られて畑に捨てられていたのです。遠藤は息子の治郎に命じてその大根の葉を集めさせます。

遠藤は治郎が拾い集めてきた大根の葉を、どうやったら美味しく食べられるかを研究します。そして高い栄養価を保ったまま美味しく食べる方法を見つけます。

まず、大根の葉を80度くらいのお湯に30秒間浸します。これは大根の葉に含まれる酸化酵素を殺し、同時に変色を防いでビタミンの減少を抑えるためです。遠藤は更にこれを陰干しして保存食としました。

この陰干しした大根の葉を煮物に加えたり、細かく刻んで団子にまぜたりしました。中でも、子供たちに一番人気があったのが大根の葉を少しいためて植物油をしみこませたものでした。

大根の葉を美味しく食べることに成功した遠藤は、さつまいもの葉、サトイモの葉、いんげん豆の葉、なんきん豆の葉、ふきの葉、ごぼうの葉と、片っ端から同じ方法で食べ始めました。

遠藤が大根の葉を食べることを思いついたのは、何とか家族にお腹いっぱい食べさせてやりたい一心だったのですが、こうして野菜の葉を食べていると満腹感以外に思わぬ効果が現れはじめました。

当時の遠藤一家は戦時中の食糧不足のせいで、栄養失調だったのです。夏場ともなれば午後からぐったりして元気が出ませんでした。

それが、大根やさつまいもの葉を食べだしてから遠藤一家はみな元気になっていったのです。遠藤は野菜の葉の効能に自信を持ち、これらの葉を「緑葉末油練」と名付け、自分たちだけでなく周囲の人たちにも勧めるようになりました。

するとたちまち近所でも評判となり、大阪女子医専付属病院の内科の人々が「遠藤教授提唱、新栄養食料”緑葉末油練”の作り方」と言うガリ版刷りを作って配りはじめました。

そして翌昭和19年、遠藤は元祖「青汁」を作ることになります。それは、息子治郎の肺炎がきっかけでした。当時は肺炎になっても特効薬のペニシリンがない時代です。遠藤は何とかして息子の肺炎を治療出来ないかと考えます。

そのとき、遠藤の目に入ってきたのが家の隣の空き地に生えていたみずみずしい若葉の三つ葉です。何せ緑黄野菜の威力は先に「緑葉末油練」で実証済みです。遠藤は空き地から三つ葉を摘んできてはすり鉢でつぶし、汁をしぼって息子に飲ませました。それも毎日180mlから360ml飲ませたのです。コップにすれば1杯から2杯になります。

するとどうでしょう。息子治郎の肺炎はどんどん治っていき、治郎は元気を取り戻したではありませんか。更に同じころ、遠藤の妻が急性腎炎にかかりました。急性腎炎と言えば現在でも特効薬のない難病です。

遠藤はここでも緑黄野菜の葉の威力を信じて青汁を180mlから360ml、多い日には540ml妻に飲ませたのです。これを2ヶ月、3ヶ月と続けるうちに妻の症状は回復に向かい、ついにはすっかり元気になったのでした。

こうして、図らずも遠藤の青汁の効能は自分の妻と息子によって証明されたのでした。

その後遠藤の提唱する青汁は病院食や学校給食にまで出されることになります。そして、青汁が体にいいと言う評判は全国へ広まっていき、ついには「遠藤青汁の会」という全国主要都市に支部を持つ組織まで出来るのです。

遠藤仁郎博士はその後、大阪女子医専(関西医科大学)教授を経て、倉敷中央病院院長となり、昭和54年に倉敷中央病院を退職、同病院の名誉院長となります。そして平成9年6月、97歳で亡くなられました。

このお話の出典は「やっぱり青汁が効く」(主婦の友社)です。本の監修をしているのは遠藤治郎氏、すなわち遠藤仁郎博士の息子さんです。かつて青汁で肺炎を治してもらった、あの息子さんが現在は島根医科大学の名誉教授として父の創った青汁の啓蒙活動を引き継いでいるのです。

遠藤仁郎博士が緑黄野菜の絞り汁が健康にいいと始めた青汁は今日では誰もが知っています。しかし、その効能を始めて証明したのは愛する家族、妻と息子の病気治療だったのです。

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